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経営サポーターズのセミナーに感心!
11月10日経営サポーターズ主催のセミナーで講演の機会を頂く。聴講者は48名であった。講演がお役に立ったかはわからないが、小職には得るものが多かった。
「経営サポーターズ」のメンバーは弁護士などの士業の方が多いのだが、真面目に裏方の仕事をされていた。講演後の名刺交換会では、参加者全員に一旦会場外に出て貰い、名刺交換の場を作る。そして参加者全員に簡単な挨拶をさせる。この挨拶の御蔭で、名刺交換は活発に行われた。お陰様で、小職も多くの方と名刺交換が出来た。
主催者の方々に、感謝したい。
(2010年11月10日)
光部愛さん 中国語教材(DVD&CD)を販売開始!
久しぶりにフリーアナウンサーの光部愛さんにお会いする。中国ビジネスツアーへの同行などで多忙のようだ。またこのほど光部さん監修の中国語教材が完成し、ネットで販売を開始したとのことhttp://japansmile.net/koube_ai/。小職もこのDVDとCDを聞いて中国語を勉強している。皆さんも試して下さい。
(2010年10月7日)

第6回渋沢栄一ベンチャードリーム賞に応募!
とよからあげ 上海梅龍鎮伊勢丹の催事に出店!
9月17日より上海梅龍鎮伊勢丹6階で「九州・沖縄物産」が開催された。大分県の要請で、我々の「とよからあげ」も出店することになる。売上は大きくないが、伊勢丹の女性店員の評価が高いとのこと。
(2010年9月20日)

飲食経営者向け上海視察ツアー(9月19日~22日)のご案内
OGトラベル社(OGIグループの子会社)との共同プロジェクトで、飲食経営者向け上海視察ツアー(http://www.china-shien.com/)を開催することになる。
ツアーの趣旨は「とよ唐揚げ」と上海に共同出店して頂ける、中小規模の飲食企業経営者の方々に上海のマーケットを見て貰うことである。
今週からツアーの営業が始まったが、企業のみならず地方自治体からも地域の特産物を中国に売りたいなどの問い合わせが来ているそうだ。
我々の中国事業も企業体力の弱い中小企業3社の共同で営んでいるが、「日本の美味しいものをぜひ中国の方に食べてもらいたい」と思っている、挑戦意欲のある経営者の方にお会いできるのが楽しみだ。

(2010年8月7日)
冬季五輪女子フィギアースケートで浅田真央さんが銀メダル !
西郷隆盛の「苦渋の選択」 ~侍(さむらい)の中の侍が「サムライ」を排除する~
薩摩長州中心の新政府軍と徳川幕府軍との戦いで、新政府軍が勝利した鳥羽・伏見の戦い。新政府軍の総指揮官が皆さん御存じの西郷隆盛である。明治政府は中央集権を達成し、市民平等、結婚の自由など日本に近代国家が確立された。
一方、維新に貢献したが近代国家にとって不要になっていたサムライの兵隊40万人を排し国民全員が兵隊になるという国民皆兵制度の導入が新政府として不可欠であった。これを断行すると、当然サムライからの強烈な反発が予想された。これを断行できる人物は武士の絶対的カリスマであり、明治維新に大きな貢献した西郷隆盛しかいないということで彼に白羽の矢が立った。
薩摩藩主である島津久光の大反対もあったが、「恨みは自分に全て帰せば良い」と言って西郷は苦渋の選択をし、1982年に「全国徴兵の詔」が出される。700年続いた武士社会がここに幕を閉じた。
明治維新の総仕上げとなる「国民徴兵制」や「廃藩置県」で日本の近代化に大きく貢献した西郷であるが、維新後最大の内戦と言われた「西南戦争」で、西郷は明治政府の反逆者になってしまう。そして明治政府と戦うという悲劇になり、命を落とすことになる。
NHK大河ドラマ「竜馬伝」の放映で坂本竜馬が脚光を浴びているが、日本が封建国家から近代国家へと変わる中で、明治維新という一大革命の原動力となった西郷隆盛も小職が好きな人物である。
(2010年2月25日)
小さな上海万博決起集会
とよ唐揚げ企業グループの株主である税理士の先生と、その先生の紹介で万博で働いてくれる、北京出身の中国人女性と3人で楽しくお酒を飲んだ。場所は彼女が勤務する秋葉原の中華料理店。発展する中国の経済、中国人と日本人の良さ悪さ、北京と上海の違い、万博期間中に宿泊する住宅、そして万博スタッフの教育など話題は多岐にわたった。
彼女曰く、「中国人として上海万博で働けることは名誉である」、との嬉しい言葉。そして万博オープニングの5月1日の夜、錦江グループが運営する中国船舶館のワインレストランで、万博の夜景を見ながら日中友好に乾杯しようと約束する。(でもそんな時間が取れるかわからないが・・・?)
オープン日までやることは山積みだが、また楽しみがひとつ増えた!

(2010年2月16日)
またテニスをしよう!
2月8日に、大学時代に属していたスポーツ愛好会の後輩が心臓発作で亡くなった。享年45歳。後輩とは20年近く会っていなかったが、花祭壇に飾られていた写真は昔と変わっていなかった。当初は男だけのスポーツ愛好会であったが、この後輩が最初に女性部員として入部してくれた。「先輩、先輩」と言って人懐っこい笑顔で話しかけてくれた事を思い出す。
天国でまたテニスをしよう、と心の中で呟く。
故人の親族である、作曲家の小田和正氏の曲が会場内に静かに流れていた。
(2010年2月12日)